室屋清隆とは

室屋 清隆(むろや きよたか)は、日本のアフィリエイター、Webディレクター。
室屋アフィリエイト合同会社の代表社員。室屋ネット広告の代表。愛称はむろす。
| 名前 | 室屋清隆(むろやきよたか) |
| 肩書き | 室屋アフィリエイト合同会社 代表社員 室屋ネット広告 代表 アルコワーキング オーナー店長 |
| ハンドルネーム | むろす |
| 居住地 | 愛知県名古屋市中村区 |
| 出身校 | 富山大学人間発達科学部 |
| 職業 | アフィリエイター/Webディレクター |
| 検定・資格 | ・Webアナリスト検定 ・ネットマーケティング検定 ・マーケティング・ビジネス実務検定B級C級 ・Internet Marketing Analyst 検定 Standardコース ・SEO検定1~4級 |
| 特技 | SEO/仕事効率化/生活効率化 |
| 趣味 | 飲み歩き / ネットサーフィン/エアロバイク |
| メールアドレス | muroya407@gmail.com |
愛知県名古屋市に住む30代のアフィリエイター。
アフィリエイトの普及促進、啓蒙活動を行う法人「室屋アフィリエイト合同会社」代表社員。
また、ホームページ制作代行「室屋ネット広告」代表。
お酒と仕事のコワーキングスペース「アルコワーキング」オーナー店長
アフィリエイト歴10年。20以上のWebサイトを運営。
SEOを中心に、SNS、ネット広告、プレスリリースなどを幅広く活用して成果を上げることが得意。
長年のノウハウをまとめた情報商材の販売や、コンサルティング業務も行っている。
室屋清隆読みやすく、分かりやすく、欲しい情報がすぐに手に入るサイト作りを心がけています。読者の疑問や悩みがすぐに解決できることを、最も大切に考えて、サイト運営しています。
室屋清隆の制作サイト
- 室屋アフィリエイト合同会社
-
アフィリエイトの普及促進、啓蒙活動を行う法人のサイト。
事業者、アフィリエイターの双方に、アフィリエイトの取り組み方について、情報提供やコンサルティングを行う。
また、自社のアフィリエイトサイトの企画・運営も行う。 - 室屋ネット広告
-
事業者向けのホームページ制作サービスを提供する事業者のサイト。
主に、岐阜県飛騨市が対象。
ホームページ制作、保守、管理の他、インターネットを活用した集客まで対応しているのが強み。 - むろすブログ
-
アフィリエイト、PPC、5ちゃんねるまとめについて情報提供しているサイト。
室屋清隆のハンドルネーム「むろす」で運営している。
室屋清隆のSNS
- You Tube
- TikTok
- Gravatar
- Wantedly
- NewsPicks
- note
- Github
- Lancers
- CroudWorks
- coconala
- 楽天ROOM
室屋清隆の来歴
生い立ち
大工の父と、専業主婦の母の長男として、岐阜県で生まれました。
幼い頃は外で遊ぶのが大好きで、学校から帰ったら友だち5人と、山で秘密基地を作ったり、河原で石投げ遊びをしていました。
初めてネットに触れたのは小学生の頃
インターネットに初めて触れたのは、小学校4年生の頃です。叔母に連れられて行ったパソコン教室の公開イベントがきっかけでした。
インターネットを使って、いろいろなものを調べてみるという内容でした。
そのとき、部屋にいながら、世界中のさまざまな情報を調べられるインターネットに強く関心を持ち、一気にのめり込みます。
学校生活をインターネットと共に過ごす
それからは、小学校のクラブ活動でパソコンクラブに入部して、タッチタイピングを人一倍訓練したり、中学校では視聴覚部に入部してパソコン検定・ワープロ検定の取得にはげみました。
その頃は、ブログやプロフ、ニコニコ動画や2ちゃんねる、フラッシュ倉庫といったネット文化の黎明期だったのもあり、サブカルチャーの強烈な魅力に惹きつけられます。
高校1年生になってからは、自分のブログも立ち上げ、卒業するまでほぼ毎日更新していました。
アフィリエイトを知ったきっかけ
アフィリエイトを初めて知ったのは、大学生2年のときです(2010年)。
アルバイトを探していたところ、大学の生協で「ホームページ制作のスタッフ募集」のバイト紹介チラシを見つけたことがきっかけです。
元々、パソコンに興味があった私は、すぐさま応募しました。そのアルバイト先こそが、アフィリエイトサイトを運営する会社だったのです。
これが私とアフィリエイトとの最初の出会いでした。
アルバイトでアフィリエイト関連のスキルを身につける
私の雇い主はプロのアフィリエイターで、私にさまざまなノウハウを教えてくれました。
そこで、SEOやHTML、CSS。ウェブデザイン、ウェブライティングについて基礎的なことを教わりました。
次第に興味が湧いてきた私は「自分もアフィリエイトで稼ぎたい!」と思うようになります。
初めて作ったサイトで収益化成功
空いた時間で見よう見まねでアフィリエイトサイトを作りました。初めて作ったのは、当時好きだったゲーム実況動画に関するサイトです。
ニッチなキーワードでサイト制作したのが良かったのか、運良く半年で、月々5万円の収入を得られるサイトに成長しました。
それに味をしめた私は、何か良さそうなキーワードや商材を見つけては、アフィリエイトサイトを作り上げました。
そのおかげで卒業時には、月々の収益が15万円ほどにアップしていました。
卒業後はアフィリエイトから離れてサラリーマンに
大学卒業後は、東京東銀座のインターネット広告代理店に就職し、2年半ほど働きました。
常時10社ほどのクライアントを担当し、リスティング広告やディスプレイ広告、Facebook、TwitterなどのSNS広告を運用していました。
会社勤めの頃は、副業が禁止されていたので、アフィリエイトサイト作りは封印です。この期間は完全にアフィリエイトから離れていました。
退社後は専業アフィリエイターになる
2016年6月に会社を退職し、生まれ育った岐阜県に戻りました。そこで、専業のアフィリエイターを目指すことにしました。
そして、これまで作ってきたサイトの運営に加えて、2ちゃんねるまとめサイト作成やnote商材販売を始めます。
また、この頃からTwitterやYouTubeをメインとしたSNS運営など、幅広いマーケティング手法を活用するようになりました。
サラリーマンのときに身に付けたマーケティングノウハウのおかげで、初めての個人事業主での活動でしたが、不自由なく生活できるほどの収入を得られました。
ノウハウを活かして地域密着のホームページ制作事業を始める
個人事業主になってから3年目になると、リアルでのビジネスにも興味を持つようになりました。
その頃は、アフィリエイト業界も個人が稼ぎにくくなっており、他の収入源を得たいと思っていたタイミングでもあります。
地元の商工会が開催する経営者向けセミナーに数ヶ月通ってキャッシュフローを学んだり、中小企業診断士の先生の相談を受けながら、事業計画書を作りました。
初期費用0円のホームページ制作サービスを始める
私が提供したのは「初期費用ゼロ円、完全成果報酬型のホームページ制作サービス」です。これまで扱ってきたアフィリエイトのリアル版といえます。
業界でも珍しい報酬形態のおかげか、興味を持ってくださる方は多く、反応は良いものでした。
1年ほど事業を続けていると、仕事で知り合った方々からの紹介で、大きな協会や第三セクターからの依頼もいただけ、売上も伸びてきました。
名古屋のアフィリエイターに誘われて引っ越しを決める
地元でホームページ制作の仕事をしていたときも、アフィリエイト関連の情報収集は欠かしませんでした。
特に、名古屋で開催されているアフィリエイト交流会には毎月のように通い続け、凄腕のアフィリエイターと情報交換を続けてきました。
そして、名古屋に通って1年ほど経ったあたりで、アフィリエイターの一人から「一緒にアフィリエイトサイトの運営代行をやらないか」と誘われました。
私はちょうど、地元の消防団や地区の祭り、獣害対策などに駆り出されるのがしんどくなってきた頃だったので、環境を変えるために引っ越しを決めました。
提示された報酬が良かったという、リアルな金銭的理由もあります。
名古屋でWebディレクターとしてアフィリエイトサイト運営をする
誘ってくれたアフィリエイターとは、2020年7月に名古屋に引っ越してから4年ほど一緒に仕事をしました。
私がWebディレクターの立場となり、ライター・デザイナー・プログラマーなどを手配して運営を進めました。
とにかく資金力が豊富だったので、新しいSEO手法や検証を惜しみなく試せて楽しかったです。
法人名義が使えたことで、法人ドメイン、プレスリリース、記事監修、協賛リンクなど、個人では限界のあった施策を資本力に任せて力技で打ち込めました。
スタッフを増やしてどんどん手を動かす、スピード感のある現場でした。
サイト譲渡からの再出発
4年ほど経過したある日、一緒に仕事をしているアフィリエイターから「運営サイトの一部を売却してくれる」という話が挙がりました。
売却金額は大きかったですが、ほぼ確実にリターンが見込める良い話だったので即決で引き受けました。
不足分は保険の解約、中小企業基盤整備機構からの借入、株の売却など、動かせる資金をすべてかき集めて調達しました。
このときに「大きな金を動かして時間を買う」という体験ができたのは、その後の考え方をガラリと変えるきっかけになりました。
資金が貯まったのでコワーキングスペースを開店
買い取ったサイトからは半年ほどで投資元本を回収できました。
1年ほどでしっかりとキャッシュが貯まったので、前々から興味のあったコワーキングスペースの開店へと踏み出しました。
普段からカフェ(プロントなど)やファミレス(サイゼリヤなど)、居酒屋(テング酒場、神田屋など)で作業することが多かったので、「自分が酒を飲みながら作業できる外の拠点が欲しい」という個人的な趣味半分で作った店です。
お店の名前は「アルコワーキング」です。
お酒を飲みながら仕事ができるというコンセプトのコワーキングスペースです。
ネット専業でやってきたため実店舗の開業ノウハウはありませんでしたが、あいち産業振興機構のセミナーに通ったり専門家に相談して進めました。
資金に余裕があったため、「分からないことは金を出して専門家を雇い、最短で解決する」というスタンスを貫いた結果、2024年11月の着想から2025年5月15日のオープンまで半年で漕ぎ着けられました。
特に飲食コンサルタント(松倉英正さん)を費用を払って雇ったのが大正解でした。
素人が手探りで遠回りするくらいなら、金で知見を買ってショートカットするほうが早いと思って依頼しました。同世代の個人事業主ということもあり、半年ほど現場に張り付いてもらって一気に立ち上げました。
報酬はなかなか払いましたが、知識がまったくなかった私にとって、情報をすぐに聞けるコンサルタントがいたことはブーストでした。
アルコワーキングの閉業と交流会事業の展開
アルコワーキングは、ぴったり1年で閉業しました(2026年5月15日)。時間と場所が縛られる生活が少し疲れてきたことと、やりたいことが一通り終わって満足したからです。
店舗運営中は集客施策をできる限りやりまくりました。
Googleマップの集客コンサルに依頼したり、Instagramのコンサルに依頼したり、告知サイトやポータルサイトにおしみなく課金したり、プレスリリースを月に30本近く出したりなど、赤字覚悟で半分趣味で広告費を使いました。
特に力を入れたのは「交流会」です。
集客の一環でビジネス異業種交流会を店でやり始めた所、毎回10~30人ほどが参加してくださるようになりました。コワーキングスペースの通常営業よりも人気になり、むしろこれが売上の大半でした。
ちなみに、通常営業のときのお客さんは0~3人ほどです。
味をしめた私は、交流会を週に5回ほど開催するなど、異常な日も続きました。流石に参加者が分散したり、私が疲れてきたので3ヶ月ほどでやめました。
アルコワーキングを開店して閉業するまで、100回以上は開催しました(カフェ交流会、パーティー、外部主催者のイベント含む)。
異業種交流会「ジョイントハブ」の立ち上げ
アルコワーキング閉店後は、松倉さんが立ち上げた「ジョイントハブ」という、交流会事業を主体としたビジネス団体の共同運営を始めました。
お店はなくなりましたが、逆に収容人数に限界がなくなったことで、より交流会の規模を大きく広げられると思ったためです。
現在は毎週金曜日にジョイント交流会を開催しています。店舗で掴んだ集客ノウハウと運営フローをそのまま転用しいます。
内容は協業や人脈作りを目的とした名刺交換会で、酒を飲みながらラフにビジネスの話ができる場です。
利益はそこそこなので半分趣味のような事業ですが、現場運営は松倉さん達に任せ、自分は自由に行きたい時だけ参加するスタイルを作れています。
TikTokショップクリエイター合宿の集客サポート
2026年8月からは、ジョイントハブで知り合ったTikTokインフルエンサーの杉本主税(すぎもとちから)さんと組み、「TikTokショップクリエイター合宿」の集客・マーケティング支援を開始しました。
現在は、軸であるアフィリエイトで堅実にお金を回しつつ、ジョイントハブでの交流会とTikTokの集客プロジェクトという、自分が面白そうだと感じたビジネスにリソースを投資して楽しんでいます。